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長崎地方裁判所 昭和58年(行ウ)3号 判決 1984年6月06日

原告 中村好光

被告 長崎市長

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告(請求の趣旨)

1  被告が昭和五八年二月二五日になした長崎大水害に対する義援金の内金一億一〇〇〇万円を別紙配分基準に従い配分するとの処分は、これを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告(本案前の申立)

主文同旨

三  被告(請求の趣旨に対する答弁)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告(請求原因)

1  原告は肩書地に居住する長崎市の住民であり、被告は地方自治法に基づき長崎市の事務を管理執行するものである。

2  被告は、昭和五七年七月二三日のいわゆる長崎大水害に際し全国各地より送られた義援金の内金一億一〇〇〇万円につき、昭和五八年二月二五日、別紙配分基準に従い配分するとの処分(以下本件処分という。)をなした。而して本件処分は行政処分というべきである。

3  本件処分は違法である。

即ち、前記義援金の贈与者らは、長崎市に対し、長崎大水害の罹災者に対する見舞あるいは災害復旧の一助にとの意図で、前記義援金を送付したものであるから、被告は、その趣旨に従つて、前記義援金を長崎大水害により現実に罹災した人又は団体に対し、その罹災の程度に応じて配分するべきものである。ところが、本件処分は、被告が長崎市内における現実の罹災者を放置したまま、罹災の有無にかかわらず、長崎市内の全自治会(これに準ずる住民グループを含む。以下同じ。)を対象とし、災害復旧の一助というような使途制約を課することもなく、前記義援金を配分するというものであるのであつて、義援金配分についての被告の裁量権の範囲を著しく逸脱した違法な行政処分というべきである。

また、本件処分は長崎市長選拳を目前に控えている時になされたもので、被告において自己の選挙に利する目的でなされたものであるから、違法である。

4  原告は、昭和五八年四月九日、地方自治法二四二条三項により、本件処分の取消是正を求めて、長崎市監査委員に対し監査請求をなしたが、同委員は、同年六月八日原告の請求に係る措置の必要はない旨の監査結果を、原告に通知した。

5  よつて、原告は、地方自治法二四二条の二第一項第二号により本件処分の取消を求める。

二  被告(本案前の主張)

行政処分取消の訴えは、公権力の行使によつて、特定人の権利、義務に直接関係する場合に提起することが認められるものであつて、公権力の行使であつても特定人の権利、義務に変動を及ぼさない場合には場合にはこの訴訟を提起することはできないというべきである。

本件処分は、長崎市内の自治会に対する義援金の配分の基準を示したものに過ぎず、これによつて長崎市と個々の自治会との間に義援会交付についての何らの権利、義務も発生していない。ましてや自治会ではない原告の権利、義務について何らの消長も及ぼしていない。

したがつて、原告の本件訴えは不適法であり、却下すべきものである。

三  原告(本案前の抗弁に対する答弁)

本件処分は地方自治法二四二条の二第一項二号に定められた「行政処分たる行為」である。

即ち、前同号にいう「行政処分たる行為」は、行政事件訴訟法における場合の如く厳格に解する必要はなく、その制度の趣旨から判断して、形式的行政処分概念をもつて把握するのが相当である。そうすると、純粋な公金の支出とか請負契約に基づく代金の支払いや雇傭契約に基づく退職金の支払いとかの私法上の行為を除外したその他の行為を「行政処分たる行為」としてとらえるべきである。そして、前記義援金は地方自治法施行令一六八条の七第一項、同法施行規則一二条の二第二号の規定により長崎市の収入役が保管する歳入歳出外現金であるので、公金であるから、本件処分は右にいう「行政処分たる行為」に該当するものである。けだし、このように理解しなければ、現在のように行政機能の拡大・複雑化によつて財務会計行政にかかわる行政庁の行為の多くは、一見公金の支出や財産の管理など処分性が稀薄であるため、地方自治法二四二条の二第一項二号による行政処分の取消を認めて財務会計行政をコントロールしようとした制度の趣旨が損なわれるからである。特に本件処分のように基本的な配分決定処分自体を前同号の対象にできなければ、個々の配分について同条項四号により補うことは事実上困難であるため、義援金の配分については全くチエツクする方法がなくなる可能性が大である。

したがつて、本件処分は行政処分であり、本件訴えは適法である。

四  被告(請求原因に対する認否)

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち被告の配分決定が行政処分であることを争い、その余の事実は認める。

3  同3は争う。

即ち、災害に関して地方公共団体に送付される義援金の内、地方公共団体に対する寄付としての性格を有するものについては、従前からその地方公共団体の歳入として処理されてきた。一方、地方公共団体に対する寄付金としての性格を有せず、被災者に配分されることとされる義援金については、昭和五七年一〇月一日以降は、地方自治法施行規則一二条の二第二号により、地方公共団体の所有には属しないが、出納長又は収入役が保管することのできるものとなり、その配分について、いかなる被災者に対し、いくらの金額を配分するかの基準を定めた法律、条例、規則などは全く存在しない。したがつて、この種の義援金の配分については、寄託を受けた地方公共団体の長の自由裁量に属するものである。

本件訴訟において問題となつている義援金は、後者の義援金であり、かつ、贈与者から使途の指定されていないものである。したがつて、被告において裁量権を濫用して著しく不公平な配分を決定したときのみに違法となるものである。

ところで、本件処分は、第一に長崎大水害に際し、各自治会は多かれ、少なかれ、その費用や労力提供により、死体収容、負傷者の救助、救援物質の配分、食事の炊き出し、土砂やごみの撤去、道路の清掃、生活水の給水など地域住民の救済活動を行つたのであり、第二に非住家や住家の床下浸水などに対する間接的な見舞も含めて、自治会に対する見舞金として配分することにしたものであつて、合理的な理由があるから、被告の有する裁量権を濫用したものではない。また、その決定が長崎市長選に近接してなされたのは、事務手続に要した時間によるもので偶然の結果に過ぎないから、本件処分を違法とするものではない。

4  同4の事実は認める。

第三証拠<省略>

理由

一  原告が長崎市民であること、被告は地方自治法に基づき長崎市の事務を管理執行するものであること、被告が昭和五八年二月二五日長崎大水害に際し送られた義援金の内金一億一〇〇〇万円につき別紙配分基準を定めたことの各事実は当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない乙第四号証の一ないし八、第五号証の一ないし四、第六号証及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件訴訟で問題とされている義援金一億一〇〇〇万円は、長崎大水害に際し送られた義援金のうち、長崎市に対する寄付の性格を有せず、被災者に配分されるべきものの内金であることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

三  そこで、本件処分が抗告訴訟の対象となる行政処分であるか否かについて判断するに、本件処分の対象となつている地方公共団体に対する寄付たる性格を有しない義援金のうち、特に使途を定めていないものについては、義援金の贈り主において、罹災者に対する見舞あるいは災害復旧の一助にするなどのために然るべき個人あるいは団体などに義援金を贈与する意思を有しているけれども、然るべき贈与先を覚知することが困難であるなどの理由から、その能力を有し、かつ適切な配分をなすことが期待できる機関として地方公共団体に、その適切な配分を委ねる意思で、義援金を特に使途を定めずに、寄託するものと解するのが相当である。

したがつて、前記のような性格を有する義援金の贈り主と地方公共団体の法律関係は、行政法上のそれではなく、民法上の委任あるいは準委任契約であると解するのが相当である。即ち、本件義援金の配分は、必ずしも長崎市等地方公共団体でなければなしえない事柄ではないのであつて、能力及び信用のある一個人あるいは法人がなすこともできる行為であつて、長崎市は、義援金の配分に関する限りにおいて私人と同様の立場に立つているということができるのである。

而して、前記のような性格を有する義援金を、地方公共団体が配分する行為は、委任あるいは準委任契約の債務の履行としてなされるものと解すべきであるから、本件処分は、私法上の行為であつて、抗告訴訟の対象となる行政処分とはいえない。

(なお弁論の全趣旨によれば、本件処分の対象となる義援金は、地方自治法施行令一六八条の七第一項、同法施行規則一二条の二第二号により、長崎市の収入役において保管していた事実が認められるが、右法令は、地方公共団体に寄せられた義援金の適正な管理を図るためのものに過ぎないものと解されるから、本件処分が私法上の行為であるとする右判断を左右するものではない。)

四  以上のとおり、本件処分を行政処分としてその取消を求める原告の本件訴えはその余の点につき判断するまでもなく、不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渕上勤 加藤就一 小宮山茂樹)

配分基準

一 配分対象

長崎市内の全自治会(これに準ずる住民グループを含む)合計七九一。

二 配分額

1 均等割         五〇〇〇円

2 世帯割   一世帯当り  一〇〇円

3 罹災世帯割 一世帯当り 三〇〇〇円

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